12月26日、お昼頃は綺麗な青空。
日差しに温かさを感じるほど、良いお天気でした。
12月26日の青空
この日、我が家の綿の株を抜き取りました。

まず、綿の株から支柱を外します。
綿の株から支柱を外します
ずっと支えてくれていた支柱がなくなると、綿たちもどこか寂し気・・・
支柱が外れた後輩ペア
上の2株は後輩組(定植するとき、各ポットに入っていた2株のうち成長が遅かったほう)です。
左のあいたスペースには当初もう1株植え付けたのですが、7月になっても本葉が出ず、成長していけなかったのでした。

こちらも同じく後輩組ですが、植木鉢に1株のみ植え付けたもの。上の2株と比べると茎が太くしっかり成長しましたね。
支柱を取った後輩1号


こちらは、プランターに3株ずつ植え付けた先輩組(定植するとき、各ポットに入っていた2株のうち成長が良かったほう)です。
支柱を取った先輩プランターその1
すくすく成長してくれた綿っこたちですが(伸ばしすぎなほど)、年越しはせず今日でお別れ。
名残惜しいですが、園芸ばさみで茎を切り、抜いていきます。
綿の株を園芸ばさみで切りました

綿の根の様子

できるだけそっと引き抜いて、根の様子を見てみました。

植木鉢の後輩ペア
綿の根っこ、植木鉢の後輩ペア
細い根が中心で、あまり長くもありません。ひげ根という感じですね。
「根の様子が見たい」と言い出したのは母なのですが、これには「あれ?」と首を傾げていました。

綿は直根(ちょっこん)といって、一本の太い根がまっすぐ下に伸びるタイプの植物なのだそうです。
本来なら、こんなふうに細い根が細かく広がる感じにはならないはずなのですが・・・
これは、根の成長は良くなかったということなのでしょうか。

後輩1号(植木鉢に単株植え)
綿の根っこ、植木鉢の後輩1号
後輩ペアに比べると、長く根が張っていました。
とはいえ、タンポポのような直根のイメージとはだいぶ違います。

先輩組(プランターに3株)

綿の根っこ、先輩プランターの株
抜くときにけっこう反発力がありました。
土ごと盛り上がってきて、ごそっと持ち上がる感じ。

土を払ってみました。
綿の根っこ、土を払ってひげ根を観察
プランターの株は成長具合がよく実もたくさんとれたので期待したのですが、やっぱり直根らしい直根は見られませんでした。

ただ、「綿が元気な頃とは、根の感じも変わっているのかも」と母。
なるほど。冬になって枝や葉も枯れ始めたのだから、根も弱っていてもおかしくありませんね。
最盛期には、もっと太くしっかりした根が張っていたのかもしれません。

6月からずっと、綿っ子たちを育んでくれた土。スコップを入れると柔らかく、ふわふわしていました。
綿を抜いたあとの土、ふわふわしていた
この土は、残っている根などを取って、また別の花木の栽培に使います。
それまでしばしお休みを・・・

昔の綿作農家のこと

「綿と木綿の歴史」という本に、昔の河内地域の綿作行事のことが書いてありました。
柏原地方の事例ですが、

8月:桃(綿の実のこと)を「はつ穂」としてお盆に仏壇に供える
収穫時期:一番綿・二番綿として、品質を分けて取る
「彼岸の綿は木どり綿」といって、彼岸の頃に咲くものは木についたまま収穫する。これが三番綿。

そして、

「綿木は天井または納屋のなかにしまい、乾かして焚物にする」

つまり、収穫後の綿の木は薪のように燃料として使われたのですね。
繊維原料となる綿の実だけでなく、綿は最後の最後まで人々の生活の糧になっていたようです。

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ふるさと歴史学習館から苗をいただいたときは、ほんの小さな双葉でした。
4月終わりに種まきされた子たちだから、約8ヶ月の生涯。
すくすく伸び、花を咲かせて実をつけて、白い綿をもたらしてくれました。

たくさんの思い出をありがとう。綿っ子のみんな。


これからの「綿の成長日記」では、途中経過について書きそびれていたことや、振り返りなどをお伝えしようと思います。
どうぞもうしばらくお付き合いくださいませ。


【参考書籍】
綿と木綿の歴史 [新装版] 武部善人 お茶の水書房